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『IN THE HEADLIGHTS』ミズカイケイコ
¥3,300
\赤々舎より出版・ミズカイケイコ写真集『IN THE HEADLIGHTS』/ . 『IN THE HEADLIGHTS』 ミズカイケイコ 赤々舎より出版された『IN THE HEADLIGHTS』 写真家・ミズカイケイコの初の写真集には、 彼女の愛車・VOLVO240で車中泊しながら日本各地で出会った人々や風景が収められている。 どこへ行くのか、ましてや泊まる場所など何も決めず、思いのままに旅を繰り返すことで 出会った数々の光景が収められている。 ------------------------------------ もう2度と交わることのない出会いが、 まぶしい光のようなものとして私の中にたまっていく。 その光を集めるために、旅を続ける。 -ミズカイケイコ- ------------------------------------ ミズカイケイコの蒼く美しい写真はいつも私のそばにいてくれたような気がする。 引っ越しを何度繰り返しても 最初に白い壁に貼るのはいつも 彼女から貰った色褪せた1枚の写真で、 人生のいい時も悪い時も彼女の写真がいつも側にあって、私もその蒼い写真を見つめ、 そして、彼女の写真も私を見てくれていた。 最初に彼女の写真を見た時の感動は、私の奥底にあって思い出すことが難しい。 でもその時、純粋に感動をした思いだけは残り火のように私の中に残っている。 そのままで或るということの美しさを、 そして、目の前の光景がそこに或るという儚さを、 彼女の写真がずっと教えてくれていたのかもしれない。 -LIBRIS KOBACO 増田みさ- ---------------------------------------- Book Design:長尾敦子 発行:赤々舎 Size: H257mm × W185mm Page:112 pages ソフトカバー ¥3300- 店舗在庫有/base販売可 本と写真 リブリスコバコ LIBRIS KOBACO フォトギャラリー& 写真集の本屋 福岡市中央区大手門3-2-26 ♯401 ☎︎090(8395)6010 openday mon.thu.fri.sat.sun close tue.wed 13:00-18:00 #photography #photo #photobook #LIBRISKOBACO #大手門 #大濠公園 #福岡ギャラリー #リノベーション #レトロビル #リブリスコバコ #福岡本屋 #ミズカイケイコ @mizukaikeiko #INTHEHEADLIGHTS #volvo245 #volvo240 #ボルボ240
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木村肇『Correspondence』
¥9,900
SOLD OUT
Correspondence 木村肇 木村が旅したのは、リスボンの北にあるトーレス・ヴェドラスという地域である。 そこには、1810年のナポレオン戦争の要塞として、考古学的にも歴史的にも最も有名な山脈が横たわっている。木村は、この古い山脈の一つを辿りながら、現在の風景やゴミを発見し、考古学者のように座標と日時を書き込んで記録していった。 ページを開くとまずイラストと座標があり、座標が書いてある左ページは開くことができる仕組み。 ページを開くとイラストの何かを発見した場所の写真とその何かの写真が現れる。 『これは、考古学で有名な場所で、未来の考古学者や、過去の遺物を偶然見つけた人に向けて送ったメタメッセージです。今は単なるゴミとしか認識されていないものが、数十年後、数百年後には過去を探る手がかりになるかもしれない。私はこのメッセージを、まだ見ぬ未来の人たちに向けて発信しようと思い、ゴミの写真とゴミが落ちていた周囲の風景を撮影しました。それらをこの本にまとめ、「掘り起こし」をやってもらう。それがこの物語の基本です。』 ― 木村 肇 判型230 × 160 mm 頁数70頁 製本ソフトカバー 発行年2022 エディション500 出版社:ibasho
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IRON RIBBON / Kazhei Kimura 木村和平『鉄のリボン』サイン入り
¥7,040
IRON RIBBON / Kazhei Kimura 木村和平 鉄のリボン ”私のパートナーは、鉄でできたリボンのようなひとです。彼女の長い髪と、静かな背中をみているとそう思います。普段はほんわかとマイペースに見えますが、いつだって冷静で、独自の品と意思の強さがあります。その性質の共存に、私は惹かれているのです。” 写真家木村和平の新作はストックホルムのLIBRARYMANから。 パートナーとの旅行で訪れた老舗のホテルで制作のあいまに撮影されたもので構成される。食事や風景よりもホテルによって旅先が決まるという二人のアルバム。 出版社説明文より 初版750部 サイン入り Pages: 32 Size: 215 x 275 mm hardcover
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木村肇 『嘘の家族』
¥4,950
木村肇 嘘の家族 僕、家族が亡くなったっていうことを、ある時まで人に言ってなかったんです。偽りの家族っていうか、亡くなったにもかかわらず、さも居るように話してた時があって...自分でもわかんないんですけど、多分母親とか父親の影響があるんじゃなかって思ってて。 家族っていうものが自分の描いていた理想みたいなものとはかけ離れてるっていうのをどっかで認めなきゃいけないんですけど、表沙汰には認めたくないっていうか。だから友達の前では、夢を見てるっていうか...自分にとって家族っていうのが、すごく忌み嫌うもの、知られたくないというか、自分の中では恥部みたいなもんだと思ってました。 ― 木村肇 Three Booksは「koe project」と題するシリーズ本を刊行します。「写真」というメディアを通して、社会や時代、個人的な葛藤や問題に正面から向き合い、作品を生み出している写真家やアーティストの「声」ともいうべき作品を、彼ら自身の声を通して紐解くシリーズになります。 第一弾は、写真家の木村肇さんが語る「嘘の家族」です。これまで熊狩猟を生業とする「マタギ」や、競走馬の置かれた境遇とドラマを描いた作品、限界集落など、日本社会の中であまり知られていない、もしくは忘れられている事柄や存在に目を向け、力強く詩的なモノクロ写真で作品を制作・発表してきた作家で、海外でも非常に評価が高く、各地で展覧会が開催され、写真集も数多く刊行されてきました。そんな彼が近年制作してきたのは、自分の家族に焦点を当てた作品です。本書のタイトル「嘘の家族」が示すように、自身の家族に対して強烈な感情を抱いていたにも関わらず、なぜ家族に関する作品の制作が始まったのか。自分と家族の間に何があったのか。そして彼が「家族」というものをどのように考え、捉えているのか。 そんなことを、彼の美しく詩的な写真作品とインタビューで紐解きながら、構成した一冊となっています。 ― 出版社説明文より 判型215 × 155 mm 頁数148頁 掲載作品46点 製本ハードカバー 発行年2024 言語英語、日本語
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野口里佳 夜の星へ
¥3,080
夜の星へ 野口里佳 出版社:NOHARA ベルリンを拠点として国際的に活躍する野口里佳の『夜の星へ』は、近年光それ自体を主題にしてきた作家の作品集。 野口は自身の住むベルリンの街でいつも乗るバスの窓から外の景色を撮影、そしてその一本のフィルムのすべてのカットを撮影順に構成した。ビルの窓、街路灯、車やバスのライト、都会をなすさまざまな人工的な光は幻想的で美しい光のかたまりへと変容され、この星の上ではなく、どこか宇宙空間を遊泳するかのような不思議な感覚を呼び起こす。 あえて写真を選ばず、撮影した順番にまとめたこの作品集には、野口がバスに乗っていた時間そのものが写っているかのようである。 出版社説明文より 80p 23x16cm ソフトカバー 2016年 ビニール未開封 写真は見本を撮影しております。
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遠藤文香 Swaying Flowers サイン入り
¥6,800
フォトグラファー遠藤文香の初の写真集。 藝大の学部終了展で発表された布にプリントされたアートブックをリメイクした作品集。 付属別紙のリーフレットには「アートとフェミニズムは誰のもの?」を刊行し、雑誌やWEBメディアでの執筆活動でも知られる村上由鶴氏のテキストが掲載。 ayakaendo(遠藤文香)はアニミスティックな世界を具現化する表現活動で評価され、そしてこの先を期待されている作家の一人だ。その活躍はアートだけではなくファッションなどの世界にも広がり、幅広い世代の心を掴んでいる。 roshin booksが今回、そのayakaendoの初の写真集として出版する作品は、遠藤が大学卒業時に製作した大型の手製本をリメイクしたものである。さまざまなカメラで撮影された遠藤の作品にとって重要なモチーフである花の写真を布に転写し、その周辺を自ら裂くという手作業を施した作品。 光により露光された花を柔らかな支持体である布にその形を移し替えることで、花は新たな形を手に入れ、その布地は遠藤の意志の力で裂かれることで、そこでしかない今を手にすることになる。そしてそれが紙に貼り付けられた瞬間にその時間は永遠のもへと変化する。 揺れ動く自身の感情の投影か、それとも花が魅せる魔力的な美しさにただ突き動かされたのか、引き裂かれた生地の揺らぎは明滅するストロボライトの光のような強い感情を感じさせる。 まだ、遠藤がアニミズムに辿り着く以前の作品であり、そして現在の遠藤の作品を紐解く上でも重要な鍵となるのが本作品である。 出版社説明文より 村上由鶴(テキスト) 出版社:rosin books ハードカバー 750部限定 リーフレット サイン入り
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木村和平 あたらしい窓
¥4,620
木村和平 新しい窓 Book Design : 須山悠里 発行:赤々舎 Size: 255mm x 180mm Page : 120 pages ハードカバー 木村和平はこれまでに、『piano』『楽譜』(共に私家版)、『袖幕』『灯台』(共にaptp)と4冊の写真集を発表してきた。 被写体や、カラー、モノクロなど手法の違いはあっても、反応する光の独自性と、感官を交差させて生み出すイメージは、たしかな印象を刻んできた。 そして2020年、写真集『あたらしい窓』において、木村は「近い存在であるはずのひと」や風景を撮りながら、そこに生じる距離を新たに映し出している。 「誰とも似つかないひと」と出会い、向き合うなかで、避けては通れない状況や瞬間。それを見つづける視点。 撮ることが奪うことではなく、日々の記録でもなく、親愛が生み出す距離のその寂しさと眩しさこそが静かに焼き付けられている。 対象となるひとやもの、そしてその瞬間への敬意とも思える距離のなかに、またとない光と影は編まれた。 写真という窓を通して見ること。そして写真がつなぐこと。隔たりであり、同時に関わりである窓を挟んで、相手も自分も常にあたらしい存在となる。 そして、この写真集そのものも、見るひとに手向けられた、近しいはずの「あたらしい窓」に違いない。 出版社説明文より " 近い存在であるはずのひとが、動物が、風景が、ふいに遠く感じることがある。それは寂しさや不確かさ、そして触れがたさとなって、短い風のように目の前に現れる。いくら被写体とカメラの距離が近くても、ひとがこちらに笑いかけていても、遠いときはとことん遠い。間に窓があるみたいに、見えるのに触れない。 写真はそれらを静かに、そして鮮明に提示してくれるものだが、理解につながるかは別の話だ。わからないことをわからないままにできるとき、私はとても落ち着いている。 これはなにも暗い話ではない。もちろん悲しくもあるけれど、親愛のなかにある距離を、どこか眩しく思う。 (中略) 幼い頃の体験や、いまも進んでいる生活に私はおおきな関心と執着がある。前者は独自のアルバムであり、後者は他の誰でもなく、自ら選んで作っていくものだ。住む場所、食事、服装、そして関わる人々までも、自分で決めていい。知らない駅で降りてもいいし、猫と踊ったって構わない。 数々の体験と選択が、誰とも似つかないひとを形成していく。それぞれにオリジナルのエピソードがあり、その手触りが宿っている服や映画、そして音楽に感銘を受けてきた。それらはごく個人的なものごとを出発点にしながら、受け取るひとが自分のことのように思えるしなやかさと、そこから未知の眺めへとひらいていく豊かさを併せ持っている。私はそれを、写真でやりたい。" (木村和平『あたらしい窓』あとがき より)
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石川竜一『Sunset』(サイン本)\送料無料キャンペーン/
¥3,300
石川竜一『Sunset』(サイン本) 2024年、写真家・石川竜一は、韓国のソウル・ソンスドンの街で、その「壁」と出会った。古い工場をリノベーションし、韓国最先端のファッション&カルチャーの拠点として生まれ変わった街・ソンスドン。新旧が交錯する街で、石川はレンガ造りの壁に木の枝が影を落とす夕刻のたった2時間、カメラを手に、道ゆく人を撮り続けた。本作は、20世紀アメリカのドキュメンタリー写真を代表する写真家のウォーカー・エヴァンスが、労働者を取り続けた『Labor Anonymous』にオマージュを捧げた作品である。韓国最先端のファッションに身を包んだ若者、戦後を生き抜いてきた老人、軍服に身を包んだ青年たち─。石川の目を通して記録された、消費者としての現代韓国人の姿に、我々もまた、同じ壁の前を歩いていることに気付かされる。『絶景のポリフォニー』『okinawan portraits 2010-2012』(2014)で、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞した石川は、生まれ育った沖縄を拠点に作品を撮り続けている。2021年には、山に分け入り、自然の中で自ら狩猟し、食した生物の臓器を撮った『いのちのうちがわ』を発表。2022年には、それまでの集大成となる『zk』を発表した。「絶景」から「zk(ゼッケイ)」へ。石川は言う。「『zk』は、写真を撮ることで見えてくる、自分の内側と外を分かつもの」である─と。故郷・沖縄を離れ、韓国で石川がみつけた「zk」とは何だったのか。石川竜一が切り撮った“夕暮れのひととき”をご高覧ください。(publisher's description) 出版社説明文より 限定1000部 サイン、エディションナンバー入り。 32p 24x17cm 30photo ソフトカバー
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苅部太郎『Typical World』(サイン本)\送料無料キャンペーン/
¥3,300
苅部太郎『Typical World』(サイン本) ここ数年にわたる生成AIの急速な進化は、人類に新たな可能性をもたらす一方で、未知の脅威も予感させています。しかし、膨大なデータから生成されるものは、しばしば多様性を欠き、平均化された“典型的”な世界へと向かう傾向にあります。本作は、画像生成AI「Stable Diffusion」を用い、「typical(典型的)」という言葉をプロンプトに組み込むことで、AIが“典型的”をどのように捉え、表現するのかを探求しています。“典型的な平和”“典型的な大統領”“典型的なテロリスト”“典型的な愛”─。無限の可能性を秘めていたはずの生成AIが生み出す“Typical World(典型的な世界)”には、私たちの未来への問いが隠れています。(publisher's description) 出版社説明文より 「本作で使用したStable Diffusionは、現在世界中で使われている主な画像生成AIツールのひとつで、特定の地域の特定の企業が開発している。どこかの誰かのものの見方の物差しで作られている以上、生成される画像は一見虚構の世界だけで完結しているようでいて、現実の社会的規範や政治性、信念体系や偏見がたっぷりと反映されている。画像生成AIで画像を生み出すプロンプトとして、「typical」に続けて、私の物差しで選んだ言葉を追加してみる。すると、いまのAIが見せたい典型的な世界が写し出される。そのTypical Worldは、あらゆる次元で現実世界と影響し合い、特定の世界観が増幅されている。光を失った洞窟の闇の中では、自分の影と他者の影を見分けることは、難しい。」 苅部太郎(本書掲載あとがきより) 限定1000部。 サイン、エディションナンバー入り。 32p 24x17cm 30photo ソフトカバー [苅部太郎(Taro Karibe)] 1988年愛知県生まれ、東京都在住。 写真メディアや人・機械の認識システムの根源に立ち戻りながら、「ものを見る経験」の実相を考察する。心理学・感染症予防・金融・ITに携わった後に写真表現をはじめる。写真技術はHarry Gruyaert / Magnum Photosなど複数の写真家の助手などを通じて習得。主な個展に「あの海に見える岩に、弓を射よ」MASQ(東京、2024)、「電子的穴居人」 HECTARE(東京、2023)、「沙織」京都国際写真祭 KG+ SELECT(京都、2021)、「Age of Photon/INCIDENTS」IMA gallery(東京、2020)、「Saori」パディントン市庁舎, Head on Photo Festival(シドニー、2018)。グループ展にAuckland Festival of Photography(ニュージーランド、2024)、浅間国際フォトフェスティバル(長野、2023)、 「Platform 29.8」ANB Tokyo(東京、2022)、「LUMIX MEETS/ BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #6」(パリ、Photo Saint Germain・アムステルダム、Unseen・東京、IMA gallery、2019)。主な受賞にMAST財団助成金ノミネート(伊、2024)、Japan Photo Award Elisa Medde賞(2024)、Tokyo Frontline Photo Award 川島崇志賞 (東京、2023)、第18回写真「1_WALL」ファイナリスト(東京、2018)など。
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長島有里枝 ①『ぎこちない会話への対応策』サイン入り+②『SELF-PORTRAITS』2冊セット
¥7,700
長島有里枝 ①『ぎこちない会話への対処策』サイン入り+ポストカード付き ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『ぎこちない会話への対処策』は、金沢21世紀美術館にてゲストキュレーターのアーティスト・長島有里枝による「ぎこちない会話への対応策ー第三波フェミニズムの視点で」展に関連した書籍となります。 作家がそれぞれのページを編者と話し合いながら構想し、展示作品について再構成したり追考したりテキストを執筆したりする。 キュレーターである長島との、SNSでのやりとりや対談が展開する。 一冊の中にzineが現れたり(カナイフユキ)、星占いが綴られたり(ふぇみにゃん)、大切な存在をイメージした花が活けられたりする(河村敏栄)。 そして、多く収載された展示風景やイベントの光景も、主に出展作家によって撮影されており、空間における相互の関係性が浮かび上がります。 長島による論考「<フェミニストで>あるかどうかは問題じゃない」、また池田あゆみによる論考「『ぎこちない会話への対応策』への一考察ーアシスタントキュレーターの視点から」は、第三波フェミニズムの視座を導入して作品を捉え直し、社会との関わりやせめぎ合いの中から生まれている各作品について詳述しています。フェミニズムの思想とこれからの私たちを考える上で、大きな意義をもつ言葉となるでしょう。 出版社説明文より Editor 長島有里枝 池田あゆみ(金沢21世紀美術館) 姫野希美 Book Design:木村稔将 発行:赤々舎 Size: H257mm × W185mm Page:212 pages Binding:Softcover サイン入り(サインの色などは各本で異なります) ポストカード付き ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝『SWISS』濡羽色
¥5,500
長島有里枝 『SWISS』濡羽色 長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ※こちらはサイン無し
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長島有里枝『SWISS』藤色
¥5,500
長島有里枝 『SWISS』藤色 長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ※こちらはサイン無し
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長島有里枝『SWISS』天色
¥5,500
長島有里枝 『SWISS』天色 長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ※こちらはサイン無し
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長島有里枝『SWISS』菜の花色
¥5,500
長島有里枝 『SWISS』菜の花色 長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ※こちらはサイン無し
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長島有里枝『SWISS』つつじ色
¥5,500
長島有里枝 『SWISS』つつじ色 長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ※こちらはサイン無し
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長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 紺桔梗 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥9,900
長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 紺桔梗 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 千歳緑 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥9,900
長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 千歳緑 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 葡萄色 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥9,900
長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 葡萄色 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 本紫 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥9,900
長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 本紫 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 ①『SWISS』赤銅色 サイン入り 初版 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥9,900
長島有里枝 ①『SWISS』サイン入り 赤銅色 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『SWISS』 「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」(2010 年個展「SWISS+」に寄せたアーティスト・ステートメントより) 2007年にスイス エスタバイエ・ル・ラックにあったVillage Nomadeのレジデンシープログラムに参加した際に撮影した写真と日記によって構成。 これらの写真は、長島の亡くなった祖父の家から見つかった、25年ほど前に祖母が撮影し、箱に大切にしまっておいた花の写真にインスパイアされたもので、Village Nomadeの敷地内の草花や、部屋の光景、伴っていた息子などが写されている。 また、スイスの澄んだ空気の中で生まれた写真と言葉をそのまま束ねたスクラップブックのように、写真ページ、テキストページ、クラフトペーパーがランダムに綴じられ、 航空券のしおりやメモ書きも挟み込まれる。 手にとるひと、それぞれの思いとリンクするように、第3版の表紙は、22色もの布で覆われた。 「SWISS」は、デビュー以来常に「家族」というテーマのもとに写真を撮影してきたアーティスト長島有里枝の核心を静謐にひらく。 今は亡き祖母とお互いの花の写真を通して向き合い、遠いひとに思いを馳せ、近いはずのひとと心を見つめ合った時間が凝縮された美しい一冊。 出版社説明文より Book Design:寄藤文平+鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H290mm × W215mm Page:214 pages Binding:Cloth Hardcover ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 ①『家族』初版、サイン入り ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セット
¥7,920
長島有里枝 ①『家族』サイン入り 初版 ②『SELF-PORTRAITS』(サイン無し)の2冊セットです。 ①長島有里枝『家族』は、1998年に発行された写真集。新古書の状態です。 当時と同じお値段とさせて頂きます。 サイン入り(サインの色などは各本で異なります) 尚、新古書とはいえ、こちらでの検品で気が付かない細かな経年劣化がある可能性もございます。 そのあたりをご了承の上、お買い求めください。 光琳社出版 ハードカバー ② SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※こちらにはサインは入っていません※
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長島有里枝 『SELF-PORTRAITS』サイン入り
¥4,400
長島有里枝 『SELF-PORTRAITS』サイン入り SELF-PORTRAITS by Yurie Nagashima 長島有里枝の作品集。 2017年、東京都写真美術館で開催された個展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」で展示された新作のひとつに、700点近いセルフポートレイトからなるスライドショーがありました。 『Self-portraits』は、そのなかから作家本人が選び抜いた、24年分のセルフポートレイトを集めた写真集。 1992年、バックパッカーとして旅をしていた学生時代のモノクロ作品から始まる本書は、アーチストとして知られるきっかけとなる初期のヌード作品や、90年代東京の空気を伝えるストリートでのセットアップ、カリフォルニア芸術大学留学中に撮影された写真へと続きます。帰国し、親となった2000年代以降にも、長島はセルフポートレイトを撮り続けています。 巻頭に収録された、アパーチャーファウンデーションのクリエイティブダイレクター、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)との対談で長島は、これらのセルフポートレイトはアクティビズムの一形態であると述べています。 また、特に初期の作品を指して、自らを被写体としてヌードグラビアや写真集のパロディーを撮ることは「わたしにとっては、女性の身体に向けられる男性社会からの視線がどのようなものであるかに言及するための方法」なのだともいいます。 「ヘアヌード写真ブームがとにかく許せなくて、動機がなんであれ、男の目的のために女が消費されるなんてあり得ない」という長島は、”自分の身体は自分のもの” だという主張あるいは主体としての女性のありかたを、独自の表現でわたしたちに提示します。 「特にフェミズムの文脈において、セルフポートレートでは作者と主題、両方の役割を自分で果たします。長らく育まれてきた、写真表現における性別役割分担への抵抗を、象徴しているんです。」 初期の作品に顕著であるパフォーマティブな側面は、シークエンスが進むにつれて次第に個人の日記のような印象を強めるように見えます。しかしそれも、幼い子や犬の姿が画面に登場する頻度が減り、ついに見られなくなる頃には再び、インスタグラムなどのSNSから生まれた「セルフィー」や「映え」のような、2010年代以降の新しい写真文化に対抗的な、スナップショットなのかセットアップなのかを一概には判別できない、コンセプチュアルな作品へと移行していきます。 「写真はほぼ時系列に並んでいるから、わたしの変化がわかりやすいと思います。撮影方法、レンズそして機材。コンパクトフィルムカメラも4x5も、よく使うようになったのは子供が生まれてから。自分の経験や環境が変わると、主題も変わります。 出産を機に、フェミニズム的な問題を取り上げて作品にすることが多くなり、2011年の原発事故を機に、自国の政治により目を向けるようになりました。個人的な興味や加齢によっても、主題は変わりました。 若いときは、自分の身体は自分のものだから好きなように使っていいと思っていましたけれど、息子が生まれてその考えは完全に変わりました。セットアップであれ、スナップショットであれ、わたしの写真はとてもパーソナルな作品だと思います。」 出版社説明文より softcover 174 pages 184 x 120 mm ※サイン入り※ サインは色など本により微妙に異なります
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石川真生写真集『赤花 アカバナー沖縄の女』 [SECOND EDITION]
¥12,100
石川真生写真集『赤花 アカバナー沖縄の女』 [SECOND EDITION] 沖縄出身の写真家、石川真生の作品集。 本書は、沖縄県のコザ市(現沖縄市)や金武町で1975〜77年の間に撮影した処女作『熱き日々 in キャンプハンセン』(1982)からの作品を中心に、未発表の作品を含めたモノクロ写真80点を収録。沖縄の基地の街のバーで働く女性たちの姿を撮った本書は、昨今よりも日本と沖縄、米国の政治的背景が複雑であった時代に、心の赴くままに純粋に青春を謳歌し自由を愛する女性へ、作者が熱き想いを込めて制作。本書は作家が書き下ろしたエッセイに合わせ5つの章で構成され、ボーイフレンドについて噂をしあう女たち、バーに働きにでる姿、家でボーイフレンドと寛ぐ様子、海岸での楽しい午後、そして、未来の沖縄を支える子供たちのポートレイトとまとめられている。70年代中期から後期に撮影された本書は、作家の写真家への道を導くこととなった初期作品として重要な一冊となっている。これまで、沖縄というテーマは日本の著名な写真家(東松照明、森山大道、荒木経惟、北島敬三)の間でも関心の高い主題として人気を集めてきたが、石川は沖縄に生まれ育ち、生涯をかけて沖縄を精力的に撮り続ける女性作家として唯一無二の存在と言える。第二版。 出版社説明文より softcover 112 pages 229 x 330 mm black and white limited edition of 600 copies 2017 (2022)
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林詩硯『針の落ちる音』
¥5,500
林詩硯『針の落ちる音』 台湾出身の写真家・林詩硯の写真集。 ページをめくっていくにつれ半分ほど過ぎたあたりで写真集の紙が意図的に重さが変わったのかと思う感覚になり、ページを幾度か戻り紙の手触りを確かめた。 読み始める最初に持った写真集の重さの感覚と読み終わった後の重さの感覚が全く違うことに自分自身で気付きとても驚く。 林の写真集『針の落ちる音』は、私の手の中でずしりと重くなっていたからだ。 写真集のあとがきにもあるように、他者の痛みを感じることは難しい。 だが『針の落ちる音』には、ポートレートだけでは無く、当たり前に見ている日常の風景や些細な出来事を思い出すことのできる写真が合間合間に差し入ることで、彼女達の痛み、そして他者の痛みをより感じることができる写真集のような気がしている。 ----------------------------- 林詩硯(リン・シイェン)が、自傷行為に向き合うひとたちのポートレートを、被写体を募集しながら撮影してきました。 柔らかな自然光のもと、静かに照らし出されるひとりと、それらを取り巻く光景。 影の混じる奥行きと、空気の立体感が印象的な写真は、私たちが見ることによってはじめて存在が生起してくるようです。 時間と共にある傷跡。命から生じるいびつさ。生の揺らぎ。 日常のなかの痛みは光によって息づき、ひとりひとりがその孤独においてつながりを帯びることを、林詩硯の写真は語りかけます。 向き合って撮ることの、その眼差しの可能性に打たれる初写真集。 出版社紹介文より ----------------------------- 「痛みの唯一の共通点とは、他人と共有できない体験である。しかし、その共有できない痛みから生まれた孤独感はみんな同じだ。」と韓国の人権活動家のオムギホ氏は言う。 私が自傷行為を始めて14年経った。自傷癖があるわけではないが、いまだにやってしまう時がある。両親や精神科の先生含めた周りの人たちからは、それを知られる度に「死にたいのか?」と聞かれていた。こうした問いに当時の自分ははっきり反論することはできなかったが、その言葉に対して常に違和感を覚えていた。その時の私は死への恐怖を覚えるために自傷を始め、裂いた肌色から赤色が流れてきた時、本能的に怯えた。 その反応の底には、きっと生への欲求があるだろう。 気づいたら30歳を過ぎてしまい、今考えてみれば、命というのは、私が若い頃に思っていたよりずっと強いものなのだ。その色んな形の強さをこの目で見たかった。感情が潮のように日々満ち引き、それでも時間の流れはいつも静かで、風景の中に光っている。写真になったら、生きている証になれるだろうか。 いつか、その共有できない痛みから生まれた孤独感が和らぐように。 林詩硯 Book Design:祖父江慎 + 根本匠 (cozfish) 発行:赤々舎 Size:H245mm × W224mm Page:120 pages Binding:Hardcover
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